花神(上)(中)(下) 司馬遼太郎 新潮文庫

公開日: 2016年3月8日火曜日 五つ星あり 出版社_新潮文庫 著者_司馬遼太郎

花神(上)(中)(下) 司馬遼太郎 新潮文庫



□マイブックミシュラン(星最大5つ)

読みやすい ☆☆☆
心にひびく ☆☆
発見がある ☆☆☆☆
ビジネス書 ☆☆☆☆
人生ヒント ☆☆☆☆☆






□しおり

学問をそだてるには、土地に自由さがなければならない。そこへゆくと大坂の町は西洋風の自由というものはないにしても、町人一階級の町だけに封建のせせこましさが日本の他の土地よりもよりすくない。[上:P.39]

蔵六が歩いてゆく山陽道の左右は、一望青い海のような田園である。[上:P.105]

蔵六にいわせると、まず作りあげてみることであった。作ってうかべて動かしてみれば欠陥がぞろぞろ出てくるであろう。その欠陥を手直しする過程において、宇和島藩の造船能力が養われるのである。まずやることなのだ、というのが、蔵六の思想であった。[上:P.178]

そのような、いわば越後屋の番頭のような能力のこの人物が、たれがみても無意味とおもわれるお琴の浪費について、それを叱らぬばかりか、ひそかにそのことに妻のあたらしい魅力を発見した気になったというのは、測りがたい矛盾である。矛盾こそ人間のおもしろさかもしれない。[上:P.252]

江戸から横浜まで徒歩で十二時間かかる。福沢は深夜江戸を発ち、昼ごろに横浜についた。当時、まだ開港されたばかりで、ほどなく日本最大の港市になるこの町も漁村に毛のはえたような程度であった。[上:P.318]

かれは江戸・横浜間を毎日通った。すべて日帰りであった。これを二年つづけた。麻布屋敷を暗いうちに出るのである。歩いてゆけば、福沢がそれをやったように往復だけで一日の時間がなくなってしまう。[上:P.339]
※(註)かれ・・・村田蔵六(大村益次郎)

「堪えるべきだ」
というだけが、蔵六の自答である。堪えることの意味や内容、あるいは理屈などはない。元来、人間の行為や行動に、どれほどの意味や内容、あるいは理屈が求められるであろう。なぜ親に孝であり、なぜ君に忠であるのか、と問われたところで、事々しい内容などはない。うつくしい丹塗りの椀の中に、水を満たそうと飯を盛ろうと、また空でそこに置こうと、丹塗りの椀の美しさにはかわりがないのである。孝や忠は丹塗りの椀であり、内容ではない。蔵六は堪えしのぶことによって、自分のなかに丹塗りの椀をつくりあげている。丹塗りの椀の意味などは考えておらず、ただ自分は丹塗りの椀でありたいとおもっているだけである。[中:P.253]

蔵六はふと、人間はこの世にうまれてきてやがてひとりで死ぬのだが、その間によき話し相手の何人かでも得ればそれほど幸福なことはない、ところが自分という風変わりな人間にとってよき話し相手というのは、(イネひとりかもしれない。イネひとりだけで自分は世を終るのかもしれない)と、そのことを自分の内面で発見して、愕然とそう思い、イネの顔を貴重なもののようにあらためて見つめなおしたりした。しかしながら蔵六はすでにイネという話し相手を得ている。ひとりの良き話し相手ももたずに世を終える者がほとんどであるとすれば、自分は幸福な部類に入るのではあるまいか。[中:P.262]

「軍略は、臆病から出るのだ」
といったのは、蔵六がいずれ接触するであろう薩摩の西郷隆盛であった。[中:P.283]








□ブログ管理者評

村田蔵六(大村益次郎)。明治維新の重要な布石を敷いたこの主人公は、社会という目線で見た場合には、決して輝いている人間とはいえないだろう。むしろ人から嫌われるほどの社会の異物といえたかもしれない。

それがなぜ重要な人物になりえたか。それは、「人が人を引き上げる」という力学なのだと個人的に発見した。

村田蔵六を引き上げたのは、長州藩の桂小五郎(木戸孝允)である。桂がいなかったら、桂が村田蔵六を軍部に引き込まなかったら、恐らく何の名前も功績も残らなかったであろう。

ただ、村田蔵六は桂小五郎に意図的に近づいた形跡もある。とすると、引き上げてもらうために自分を売り込んだとも言える(ただし蔵六の場合は私欲は極めて薄い)。

人がなにかで大成を為すには、人の力学を使う以外にはないのではないか、という新たな判断材料を得たことに、心の花が咲いた思いである。







□内容紹介

(上)
周防の村医から一転して討幕軍の総司令官となり、維新の渦中で非業の死をとげたわが国近代兵制の創始者大村益次郎の波瀾の生涯を描く長編。動乱への胎動をはじめた時世をよそに、緒方洪庵の適塾で蘭学の修養を積んでいた村田蔵六(のちの大村益次郎)は、時代の求めるままに蘭学の才能を買われ、宇和島藩から幕府、そして郷里の長州藩へととりたてられ、歴史の激流にのめりこんでゆく。

(中)
長州──この極めてアクティブな藩に属したことが、蔵六自身の運命と日本史に重大な変化をもたらしてゆく。”攘夷”という大狂気を発して蛤御門ノ変に破れ、四カ国連合艦隊に破れて壊滅寸前の長州に、再び幕軍が迫っている。桂小五郎の推挙で軍務大臣に抜擢された蔵六は、百姓兵たちに新式銃をもたせて四方からおしよせる幕軍と対峙し、自らは石州口の戦いを指揮して撃滅する。

(下)
百姓が武士に勝った。幕長戦での長州軍の勝利は、維新史の転換点となり、幕府は急速に瓦解へとつきすすむ。この戦いではじめて軍事の異才を発揮した蔵六こと大村益次郎は、歴史の表舞台へ押し出され、討幕軍総司令官となって全土に”革命”の花粉をまきちらしてゆく。──幕末動乱の最後の時期に忽然と現われた益次郎の軍事的天分によって、明治維新は一挙に完成へと導かれる。


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□作者プロフィール
司馬遼太郎(シバリョウタロウ)
1923-1996。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。
産経新聞文化部に勤めていた’60(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。
以後、歴史小説を一新する話題作を続々と発表。
'66年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞。
'93年には文化勲章を受章。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめるなか、
'71年開始の『街道をゆく』などの連載半ばにして急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全50巻)がある。

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